おそらく仕事はものすごく単純な上に、危険でつらい3K的な環境だろう。
それでも彼は、どうすれば能率よく、しかもていねいな仕事ができるかということを、ミッション感覚を呼び覚ますいつも考えていた。
天井裏は境っぽくて暑い、やりたくないというふうには考えなかった。
嫌々やってはかえって仕事がはかどらずいらいらするかもしれない、ごまかし工事のようになるかもしれない。
それでは自分の仕事のポリシーに反する。
生きていく姿勢として、いつも充実感を持って仕事がしたいというのがMだった。
苦しくても、自分のやるべきことに没頭する。
やるべきことをちゃんとやる。
そうすれば暑さ寒さも、またつらいことも、しばらくは、すべて忘れることができ、ことは能率的に運ぶ。
Mは、まさにどんな仕事からも面白さ、充実感、達成感を見つけることができるメンタリティを技にしていたといえる。
そんな爽快な気持ちで常に仕事に臨んでいたからこそ、大きな志を形にし、戦後の復興を担うような技術力を打ち立てることができたのだ。
己が引き受けたミッションを、形あるものにすることができた。
ドイツの哲学者Cは、「疑う余地のない純粋な喜悦の一つは、勤労のあとの休息である」と言った。
職人的な情熱で仕事に臨み、エネルギーを出し切ったあとの爽快感は、それ自体が何にも代え難い人生の喜びだ。
祝祭的な瞬間といってもいい。
そんな爽快さを、仕事を通して身体で味わうことは、人生の幸福なひとときだ。
人はポジティブなものだけで火がつくとは限らない。
ネガティブな刺激のほうが発憤できるという人が実はかなり多いのではないか。
ネガティブな感情がパワーの源になるということに関しては、私自身忘れがたい経験がある。
たとえば、二十代の無職時代の話だが、見たくもないのにものすごい豪邸を見させられたことがある。
人間の中には止み難い嫉妬心があるものだから、安い賃貸に住む身でそんなものを見せられでも、「見るじゃなかった」「だから何だと言うのだ」という思いが湧くだけだ。
そのときは、「ステキなお住まいですね」などという世間一般の反応すらまったくできなかった。
私には一通り知性も教養もある。
人として何も恥じることはない。
力関係においてやはり向こうに圧倒的余裕というか、力を感じた。
そのときの出会いは一瞬のことなのに、ネガティブな体験は膨大なストレスとして残っている。
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